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大塚晶則の現在は?近鉄、中日、パドレス、レンジャース等でプレーした守護神!フォームと縦スライダーが凄い!

 
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こんにちはー!12球団野球ブロガーのひらっちと申します。こちらのブログではプロ野球で活躍した往年の名選手を紹介するコーナーをやっています。

その中で筆者が現役時代大好きで実力も素晴らしかった稀代のストッパー大塚晶則【おおつか・あきのり】投手を紹介したいと思います。社会人から近鉄に入団し、あの90年代を代表するストッパー、赤堀の前のセットアッパーとしてキャリアをスタートし

その後ストッパーとして定着し2001年の優勝に貢献、その後2003年に中日に移籍し、パドレス、レンジャースでプレーもし、順調にキャリアを積み重ねていった投手ですが、今現在は何をしているのか?現役時代は一体どんな投手だったのか紹介していきたいと思います。

東海大学、日本通運を経てドラフト2位で近鉄に入団!最初からストッパー候補だった?

独特のオーバースローのフォームから繰り出される角度、球威のある速球と縦に割れる独特のスライダーが特徴の投手で

東海大学、日本通運時代に結果を出し、満を持してドラフト2位で1997年に入団します。大リーガー野茂に憧れていことから近鉄を選ぶことに。

当時は最優秀救援投手を5度も受賞した赤堀が君臨していた為、1年目は赤堀に繋ぐセットアッパーとして活躍!

ルーキーいやーの1997年は82イニングに対して127奪三振と驚異的な奪三振率をマークし度肝をぬかします。

球団も構想として赤堀は先発、大塚は抑えとしての起用を考えていたようで、1998年から本格的に抑えに定着します。

1998年は3勝2敗35S防御率2.11という2年連続で好成績をマーク。この年はセーブ王も獲得し

近鉄の守護神として定着しました。1999年は故障してしまい25試合止まり、しかし2000年以降は不動の抑えとして地位を確立。2001年は防御率4.02と不安定なピッチングをしていましたが26Sを挙げ優勝に貢献!!

2002年も故障はしまいしたが防御率1.28と安定感のあるピッチングを見せます。そしてプロ入りから目標であり夢でもあった大リーグ移籍を目指しポスティング制度を使った移籍を目指しますが結局入札がなく、この年は断念。その後金銭トレードで中日に移籍します。

中日に移籍後も大リーグ入りをめざし、そしてパドレスへ

中日でも山田監督の元結果を出し、51試合 1勝3敗17S 防御率2.09と安定した成績を残します。

そして再びポスティングを使い、念願のメジャーリーグになります。パドレスでは近鉄の1年目同様セットアッパーとして活躍!

自己最多の73試合に登板し、34Hで最多ホールド 防御率1.75という圧巻な成績でした。メジャー2年目は66試合登板も

2勝8敗と負けが先行してしまいます。そしてメジャー3年目2006年はトレードでレンジャースに移籍。この年は王監督の元WBCにも参戦し胴上げ投手となる活躍!シーズン中も抑え投手として63試合2勝3敗32S防御率2.11と堂々たる成績をおさめ、30Sを記録した日本人投手は大魔神佐々木に次いで2人目となりました。

2006年の活躍がピークに。その後は故障との戦いで2014年に引退

しかしこのシーズンが選手としてのピークとなってしまい、2007年は34試合に登板し防御率2.51と安定はしていたものの、夏場に右肘を故障しDL入り、その後契約がなくFAとなってしまい、2008年トミージョン手術をうけ1年を棒に振ります。

しかしリハビリがうまくいかず2010年に再度肘を手術、再起を図りますが、その後は怪我との戦いが続き、コーチも兼務しながら色々なチームを渡り歩きます。左投手の転向など試行錯誤を繰り返しますが2013年に独立リーグで選手として復帰も

やはりここでも故障に泣かされシーズン途中から監督となります。2014年は監督、コーチ、選手という3つの肩書を持ちますが選手へ平手打ちをしてしまい出場停止に。その後引退試合を行い。17年の現役生活に終止符を打ちます。

現役引退後は中日の二軍コーチに現役時代のキャリアを活かしパドレスの3Aコーチも

在籍は1年であったものの井端や落合英二など中日時代の選手とは親交が続いているようです。

中日の二軍コーチを務めたり、3Aのパドレスのコーチをしたり渉外を任されたりと活動が多岐に渡っていますね。

大学、社会人、プロ野球、大リーガー、独立リーグ、コーチ、監督、スカウトと様々な経験を活かして現在は

コーチ業とスカウト業を兼業している大塚氏ですが、森繁和氏のパイプ役としての活躍も期待されているようで

大塚氏の眼力で中日ドラゴンズにハングリーな3Aの選手がこれから色々やってくる可能性は高まりそうですね!

まとめ

日本の抑えというと代表的なのは佐々木だったり、高津、赤堀、岩瀬、藤川球児、小林雅、平野、馬原などここ25年で色々な投手が出てきましたが、個性派でいうと大塚投手もかかせません。あのサイボーグのような日本人離れしたガタイから

角度のあるストレートとイチローから消える魔球と記された縦スライダー【通称Vスライダー】の先駆けの投手だったと思いますし、そのキレは日本人ナンバーワンではなかったでしょうか?そのくらいインパクトがあったししっかり実績も残してきた投手です。筆者の中で天才投手とは大塚投手のような選手を指すような気がしています。

今後もコーチ、スカウト業など指導者として手腕を発揮し続けて欲しいですね!

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