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松井稼頭央が現役引退!若い頃全盛期は最強ショートでその凄さは坂本勇人の憧れだった!

 
shubi
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こんにちはー!12球団野球ブロガーのひらっちと申します。えー今年も早いもので2018年ペナントレースもクライマックスに突入し、現役引退を表明する名選手が増えてきましたが、その中でも現役25年(実働24年)、日本球界で18年、メジャーリーグで7年間スター街道を歩み続けたスーパーショートの松井稼頭央選手の引退が筆者的にもインパクトがありました。

自分は松井稼頭央選手の事は1995年に初めて知ったのですが、一番良い時期の松井稼頭央選手を間近で見てきましたが

日本人の遊撃手としては走攻守3拍子揃った選手が沢山出てきた90年代、2000年代、2010年代の中では最強なんじゃないかと未だに思っていますね。スイッチヒッターでイケメン選手として新星西武ライオンズのチームカラーを作った90年代後半

あたりは本当に凄かったですね。現役引退と共に25年間を少しふり返ってみたいと思います。

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PL学園から高卒で1993年ドラフト3位で入団!スイッチヒッターに

高校時代は名門PL学園で投手として活躍!投手としては怪我に苦しんだみたいですが、

野手としての身体能力とポテンシャルを買われ西武ライオンズに1993年ドラフト3位で入団します。

当初は右打ちだったみたいですが、1994年の谷沢打撃コーチの助言がきっかけでスイッチヒッターとして練習に明け暮れる

日々を送り、1995年からは森監督から東尾監督にバトンタッチし、一軍で出場機会を徐々に与えられいきなり21盗塁をマークし足の速さは当時からピカ一でした。バッティングはまだまだでしたが

1996年は努力が実り.283 50盗塁をマーク。パリーグのショートと言えば松井稼頭央というくらいブレイク一歩手前までいってた時期ですね。この頃はよくテレビで筋肉番付をやっていてプロ野球選手も出たりして人気のあった番組に出演してました。

その中で松井稼頭央が抜群の身体能力、筋肉をアピールし女性ファンはもちろん、プロ野球選手としての知名度が一気に上がったのが1996年じゃなかったでしょうか!?

1997年に一気にブレイク!西武のV2に貢献!松井の時代が始まる

1996年に一気に打撃が良くなり、西武ライオンズのショートとして開眼した松井稼頭央選手でしたが、当時巨人に松井秀喜というゴジラが1996年にブレイクしていたので稼頭央はリトル松井と呼ばれていました。

しかしそのリトル松井は1997年大暴れをしていました。当時球界の頭脳、球界一の強肩捕手と呼ばれていた古田選手から

オールスターで4盗塁をマークし、ここでまた注目度がアップし、西武ライオンズの松井稼頭央から球界のショートまで一気に

格を上げました。スピードガンコンテストでも149kmをマークするなど、1995年に注目を集めたイチローに次ぐパリーグの花形選手として人気を博していきました。1995,1996年がイチローの時代だとするならば、1997.1998年は松井稼頭央の時代でそれほど走攻守優れていましたし、スター性もありました。1997年はチームでトップの62盗塁をマーク、チーム200盗塁の原動力となり、とにかく走りまくっていた印象ですよね!松井、大友、高木大成、マルティネスの打線はそれまでの西武にないカラーで1990年代後半の西武ライオンズの象徴でした。1997年から7年連続3割をマークと打撃も年々向上し

1番だけでなく3番打者としても才能を発揮し始めます。筋トレで鍛えたパワーをふんだんに使い、2000年には初の20本塁打、2002年には初の30本塁打と長打力もアップ!特に伊原監督時代の2002年には.332 36本 87打点 33盗塁

初のトリプルスリーもマーク。この頃は投手だと松坂、打者だとカブレラがいてと東尾時代とはまた違う完成形に近づいた時代でしたが、そこの中心打者として活躍!2003年も3割30本をマークし自信をつけた松井稼頭央はFA権を行使しメジャーリーグへさらに高みを目指しての挑戦をはじめます。

メジャーリーグ挑戦!メッツ入団も試練が、ショートからセカンドへ、怪我との戦い

2004年にニューヨークメッツに入団した松井稼頭央選手はイチロー、松井秀喜に次ぐ日本人野手として大いに期待されていました。初打席初球ホームランという史上初の快挙を達成!大リーグでも松井フィーバーが起きるかと思われましたがメジャーはそんなに甘くありませんでした。

一年目前半は好成績だったものの、故障や守備の失策の多さなどで評価を下げ.272 7本 14盗塁と

日本の成績と比べたらだいぶ見劣りする数字に終わってしまいます。元々ホームランバッターではなく努力で築き上げたスイッチヒッターだったのでやはり大リーグではパワー負け、失策の多さなど、日本では目立たなかった部分が露呈し始めます。

2年目からはセカンドに回され大リーグの内野手のレベルの高さを痛感させられます。セカンドで生きていくと覚悟した松井稼頭央選手でしたがニューヨークメッツ時代はなかなかうまくいかず、試練の時代を迎えてしまいます。

しかしロッキーズにトレードされた2006年半ばから転機が訪れます。

ロッキーズ時代は打者有利の球場で実力をようやく発揮!バリーボンズからアドバイスも

ロッキーズに移籍後2006年後半からは実力を発揮し始め、打者有利の球場という面もあってか、2007年はセカンドとしてメジャーでキャリアハイの.288 32盗塁をマークし、ここでまた評価を上げFAでアストロズに移籍します。

2008年は怪我で離脱をしながらも.293 6本 33打点 20盗塁をマーク、2009年もメジャー移籍後最多の132試合に出場9本43打点19盗塁をマーク!日米通算2000本安打をマーク!!

これから期待されたが2010年に再び試練が訪れ、シーズン途中にアストロズを解雇されます。

ロッキーズの3Aに所属し復帰を試みますが結局メジャーに上がれず再びFAに。

そして2011年は楽天の星野監督に拾われ楽天に入団!約7年ぶりに日本球界に復帰します。

楽天時代は2013年に日本一も経験2015年より外野手に挑戦!

35歳を迎えた松井は西武時代の勢いは無かったもののチームキャプテンとして楽天を牽引、

2011年は.260 9本 48打点 15盗塁と平凡な成績に終わってしまうも35歳とは思えない守備範囲で

ショートとしての復帰を果たします。

楽天復帰後の松井は成績としては平凡ではあるものの2013年は楽天の日本一に貢献!37歳にして初の日本一を経験します。

2014年は遊撃手以外に三塁手、2015年には大久保監督の薦めや本人の希望もあり40歳にして外野手に転向!選手寿命を延ばす事に成功!

2015年も40歳という年齢ながら126試合に出場 .256 10本 48打点 14盗塁をマークしまだまだやれることをアピールします。 日本だけでの2000本安打も達成!

2016年以降は出場機会が減り、往年のパフォーマンスが出せなくなっていきます。2017年も出場機会が減り

7年いた楽天を離れ古巣西武に復帰することになります。

2018年に西武に兼任コーチとして復帰するも引退!

松井のポジションはテクニカルコーチ兼任選手という立場でした。復帰はしたものの年齢的な衰えは隠せず

西武という強力な打線の中、代打や代走、守備固めといった役割をこなします。そして9月25日に引退を表明。

長きに渡る選手生活にピリオドを打ちました。しかし今年も西武が優勝、日本一になるチャンスを秘めており

最後に有終の美を飾れるか注目したいところですね!!

松井稼頭央の野球人生は故障との戦い!首脳陣、選手、ファンからの評価は?

松井稼頭央選手といえば、常に故障との戦いだったような気がします。それはプロ入りする前からで、抜群の身体能力は球界ナンバーワンと評されてはいましたが、イチローのように怪我に強いという部分は勝てなかったようです。

松井稼頭央が出てくるまでは大型遊撃手といえばヤクルトの池山、日本ハムの田中幸雄などホームランを打てるショートストップはいましたが、走攻守3拍子揃ったイケメン選手という誰もが羨むほどの花形選手は松井稼頭央が先駆けではないでしょうか?その後巨人では二岡、坂本など走攻守3拍子揃った選手は多数現れはしましたが、松井稼頭央程のインパクトを持った遊撃手は日本人ではまだ出てきていないですよね。今で言うと柳田や山田哲人のような輝きを放っていた選手でしかも遊撃手という内野では一番花形ですから、あの巨人の坂本勇人のスタイルというのも根本は松井稼頭央があるようです。

それだけ首脳陣、選手、ファンからも憧れられたナンバーワンの選手といっても過言ではないでしょう。

見た目や野球選手としての能力だけでなく、性格も真面目で練習熱心、一時期金髪だった為、チャラチャラしたイメージを持っている方もいるみたいですが、謙虚で誠実な性格で後輩からも慕われているようです。

結婚した奥さんも元タレントで美人で子供2人を設け公私ともに順調ですから、傍から見たらそれは憧れますよね。全てが揃っている正に野球界の出木杉くんレベルの何もかも兼ね備えた人というイメージですが、故障だったり、大リーグでの評価など、人にはわからない苦労もあったみたいですが、不屈の根性と努力で補ってきました。

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まとめ

日米通算で2703安打というのは凄いですし、イチローが4000本打っているのは異次元レベルだとしても残した数字は超一流と呼べるのではないでしょうか?20代の頃は日本最高のショートストップと呼ばれていましたが、大リーグに行き試練もあって楽天戻ってきてかつて程の勢いがなくなった30代中盤~40代でも泥臭く長く野球をやった松井稼頭央を称えたいと思いますし、野球の為ならセカンドでも外野でもやるそういう姿勢や経験は指導者になっても活きるような気がしていますね。

またコーチ、そして松井監督として西武ライオンズを将来見てみたい気もしています!!平成という濃い30年間でナンバーワンだった松井稼頭央選手、引退お疲れ様でした。そして長い間魅了したプレーを見せてくれて感謝しかないですよね!

 

 

 
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