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巨人抑え投手歴代はノーコンが多い?澤村で乗り切る2018年後半シーズン!

 
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お疲れ様です!12球団野球ブロガー、巨人ファンのひらっちと申します。2018年も後半を向かえて

巨人軍の投手陣特に、中継ぎ、抑えは火の車状態が続いています。

去年守護神だったカミネロがノーコンで不安定で二軍落ちして以降、中継ぎエースだったマシソンが抑えをやっていましたが故障で二軍落ち、一体次の抑えは誰がやるのか気になるファンの方も多いのではないでしょうか?

それは澤村なのか、それともアダメスなのか、他の若手投手なのか、

中継ぎは上原が0勝5敗、マシソンが0勝3敗、澤村が1勝3敗と3人で1勝11敗!?

つまり10個の借金を作っている訳ですが、去年も後ろが不安定でしたので、これは巨人の伝統なのではと思ってしまった筆者でした。なので今回は改めて巨人の抑えの歴代のピッチャーを比べてみて、どういう歴史を辿ってきたのか、巨人ファン歴25年の視点で振り返りたいと思います。

マシソンは投げすぎ?抑えの適性は?有能だが酷使が心配な後半戦2018年

藤田監督時代は先発完投型の時代、1992年に石毛が台頭、最優秀救援投手を獲得

藤田元司さんが第二次政権あたりから私は野球を見始めたのですが、その頃は先発完投が当たり前で

斎藤、桑田、槙原という3本柱に木田、香田、宮本が連なるローテーションで80勝以上をあげた年もあるくらい

先発投手が完投していた時代でしたが、後ろを任されていたのが金太郎こと水野投手でした。

1990年に2勝2敗11S  防御率1.97の成績をあげていますが、守護神と言うほどの成績ではありませんね。

80年代は角、サンチェ、鹿取、広田投手が抑えを任されていました。

1992年に石毛博史投手が台頭、150kmを越える速球で高い奪三振率を誇り

5勝3敗16S防御率1.32という好成績を残しています。

長嶋監督時代前半は石毛、西山、マリオ投手が台頭するも不安定な時代、急造槙原がストッパーも

藤田監督の後任は長嶋茂雄監督で第二次政権でしたが、まだこの頃は藤田監督の遺産があったからか

投手陣が安定していて1993、1994年は橋本、石毛のダブルストッパー方式が組まれていました。

1993年 6勝3敗30S防御率2.96

1994年 5勝4敗19S防御率3.14

石毛のコントロールに若干不安はあったもののそこそこ良い内容で最優秀防御率のタイトルも獲得しますが

この頃は横浜には佐々木、ヤクルトには高津とコントロールの良い投手が多く、石毛はその中でもかなりコントロールに難がありましたが球の勢いと鋭い変化球で何とか抑えていた時代ですが1995年くらいから歯車が狂い始めます。

1995年あたりから石毛のコントロールは歯止めが効かなくなり、結局1997年に近鉄にトレードに出されてしまいます。

セットアッパーの橋本が故障、二軍から155kmを投げる西山が台頭7Sを挙げ1996年のストッパーは西山かと言われ始めます。

1995年 石毛 4勝3敗 11S防御率4.07  西山 20試合 5勝1敗7S

しかしその西山も球の出所が見えやすいのと制球難で1996年は不安定なピッチングを露呈、結局抑えを任せる事ができず

ガルべスの知り合いのマリオブリトー投手をシーズン途中に獲得し、お化けフォークで19Sをマークします。

1996年 ブリトー 3勝2敗19S 防御率3.33

しかし、ストレートのキレがなく、すぐフォークボールだとわかってしまう投球フォームが読まれ始め後半戦は戦力にならず1年限りで退団してしまいます。

1997年も木田、デビッドなどを試しますが乱調で全く使えず、木田は中継ぎへ。結局7月に台頭してきた趙成珉投手を抜擢、最速156kmの速球にはキレがあり11Sをマークします。

1997年 木田2勝2敗7S 防御率1.99 趙成珉1勝2敗11S防御率2.89

1998年から趙成珉は先発に転向、オリックスから移籍の野村を抑えで試すも、全盛期のキレ、コントロールともピリッとせず

結局3本柱の一人槙原をストッパーに回す策に出ます。しかし安定感のある抑えとは呼べずなかなか長嶋監督時代は抑えに苦しんだ時代でした。

1998年 槙原 6勝4敗18S 防御率 3.98

1999年 槙原 4勝3敗23S 防御率2.83

2000年にはあっち向いて投法でお馴染みのセットアッパー岡島が台頭!落差のあるカーブを武器に抑えの適性を見せましたがコントロールに難があり長くは続きませんでした。

長嶋監督時代で複数年抑えをやったのは石毛と槙原だけでしたね。個人的にはマリオのフォークはよく覚えていて確かガルべスの親友でしたよね?全然タイプは違いましたが(笑)

2000年 槙原0勝1敗9S 防御率4.12

20001 岡島 2勝1敗25S  防御率2.76

原ジャイアンツの抑えの象徴は河原!?堀内時代は暗黒時代で抑えが決まらず

長嶋監督の後任は永遠の若大将、原辰徳コーチが満を持して監督に就任。原監督は控え、二軍でくすぶっている選手を大胆に使う起用法に長けていました。左が打てないと言われていた清水を1番に抜擢したり、故障が続いていた先発河原を抑えに指名したり、それがズバリ的中。原監督の選球眼は確かなものであったと言わざる得ないでしょう。

2002年は河原がフル回転し見事に優勝。しかし2003年はその河原が誤算で原監督は2年で退きます。

2002年 河原 5勝3敗28S防御率2.70

2003年河原 0勝3敗7S 防御率9.41

2004年から堀内監督が就任し弱体化した投手陣の立て直しにかかるもうまくいかず、松井秀喜が無きあとFAでたくさんの選手を集めて空中崩壊したチームに変わってしまい、暗黒時代と呼ばれていました。まさに抑えも暗黒時代でしいて言うなら久保が年間通してセットアッパー、抑えとして活躍。河原、木佐貫、岡島、シコースキーも試したが定着せず。

2004年 久保7勝6敗8S防御率4.08

2005年 林 2勝2敗18S防御率1.61

この年はダン・ミセリを抑えに任せたが開幕から失速、久保と林で後ろを任されていました。林は防御率1.61と好成績を残します。

第二原政権が発足、これまで先発投手だった尚成や上原を抜擢。2008年以降はクルーンと西村が抑えに

2006年に原辰徳が監督に復帰、西武から獲得した抑え豊田に期待がかかりますが、全盛期の力がなく中継ぎに転向。

結局尚成を抑えに回しましたが定着せず

2006年 豊田1勝4敗13S防御率3.43 尚成2勝6敗15s防御率4.94 

ここで原監督はコントロールとフォークボールが持ち味の上原を抑えに指名すると適性を見せ安定した成績をおさめます。

2007年 上原4勝3敗32S防御率1.74

しかし上原の先発再転向の為に抑えは横浜から移籍の日本最速の男マーク・クルーンに託されます。

コントロールがアバウトでひやひやするピッチングスタイルでしたが、162kmの速球と149kmのフォークボールはなかなか打てず、中継ぎ陣が山口、越智を筆頭に安定していたので、クルーンはなんと40Sをあげる好成績で巨人史上最高の抑え投手となります。

2008年 クルーン1勝4敗41S防御率2.21

2009年はクルーンは怪我がちになるもののその穴は越智が埋めて巨人黄金時代を形成します。この頃が一番中継ぎ抑えともに充実していたかもしれません。

2009年 クルーン1勝3敗27S防御率1.26  越智8勝3敗10S防御率3.30

しかし2010年はクルーンの不安定な投球が続き、現代でいうとカミネロみたいな感じの投手になってしまうくらい制球が乱れていました。

2010年 クルーン 4勝3敗25S防御率4.26

2011年は退団したクルーンに代わり原監督から潜在能力の高いピッチャーと評価の高かった久保投手を抜擢。これが見事に功を奏します。防御率1.17という巨人の抑えの中でも最高レベルの安定感(統一球の時代で球が飛ばなかったのもあります。)

を誇りました。

2011年 久保4勝2敗20S防御率1.17

そしてさらなる安定感を誇るピッチャーが誕生しました。シュートピッチャー西村の台頭です。

豪腕のクルーン、本格派の久保とは違ったタイプでしたが全盛期は速球、シュート、チェンジアップのコンビネーションで抑え投手として安定したピッチング。2年で74Sと荒稼ぎしました。

2012年 西村3勝2敗32S防御率1.14

2013年 西村4勝3敗42S防御率1.13

2014年以降は速球派マシソン、澤村、カミネロが抑えに回りますが…

ある意味クルーン以上の安定感を見せてくれた西村でしたが2014年は救援失敗が多く、160kmピッチャーマシソンにバトンタッチ。防御率は決してよくはなかったがしっかり30Sをマークし仕事を果たします。

2014年 マシソン6勝6敗30S防御率3.58 

2015年は原監督が中継ぎが不安定だという理由で先発から抑えに澤村を指名、先発投手として伸び悩んでいた澤村はここで頭角を現し、最速157kmを計測するなど抑え投手としての適性を見せ、2年間で73Sの荒稼ぎ。守護神として不動の地位を得ます。

2015年 澤村7勝3敗36S防御率1.32

2016年 澤村6勝4敗37S防御率2.66

数字の割に安定しているとは言い難いと言われてましたが最優秀救援投手を獲得します。しかし去年はハリ治療の失敗のアクシデントにも見舞われ一軍登板なし。

そこで高橋監督は164kmを投げると言われた快速球投手カミネロを抑えに抜擢します。確かに球の速さは澤村以上で160km以上をバンバン計測!コントロールは正直な話かなり悪いが、その欠点を補うくらい速球が速かったですね!

2017年 カミネロ3勝5敗29S防御率2.42

しかし2018年はカミネロも研究されたのか速球を狙い打ちされる場面が多く、カミネロ劇場と題されるフォアボール連発で自滅する場面が増えます。あれだけ球が速くても球の出所が見やすいのかもしれませんね。その後マシソンにバトンタッチしますが

故障で離脱、結局澤村が抑えをやることになるのでしょうか?

2018年 カミネロ1勝1敗11S防御率5.79

まとめ

さあ巨人の抑え投手を25年間という長い期間で語ってきましたがいかがでしたでしょうか?

コントロールが悪い投手といえば石毛、クルーン、カミネロが3本の指に入るでしょうか?それだけ抑えの投手がいない時代が多く急造抑え投手という印象が強かった槙原、尚成、上原。

基本的に3年やればいい方で高津、佐々木、岩瀬のように長きにわたって抑えを任せられる投手がいないのが悩みどころでしょうね。唯一長くできそうな要素を持った澤村投手にこの際また任せてみてはいかがでしょうか?年齢も30歳とまだまだ余力を残していそうな雰囲気もありますし、他にはアダメスとかもいますが外国人枠の関係があるので定着させるなら澤村が一番でしょう。以上巨人の歴代抑え投手を紹介したブログでしたー!他のチームもいずれ紹介していきたいと思っています。

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