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今中慎二の現在は?中日の伝説の天才左投手!引退理由は肩の怪我?山本昌や星野仙一や落合博満とのエピソードは?

 
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こんにちはー!12球団野球ブロガーのひらっちと申します。プロ野球が好きになって早25年経ちますが、特に野球ファンになって最初の3-4年は自分の中で思い入れが強く、1993-1998年あたりの選手が自分の中では結構香ばしかったりしますが、その頃活躍していた名投手を今回は紹介したいと思います。1990年代の代表的なサウスポーといえばやっぱり今中慎二投手を思い出す野球ファンも多いのではないでしょうか?1990年代は今中と山本昌のWエースで毎年のように2位に食い込んでくるチームが中日ドラゴンズでした。通算91勝の今中と219勝の山本昌では120勝以上差が開いてしまいましたが90年代中盤くらいまでは今中がエースとして山本昌が2番手投手として君臨していました。

 

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1990年代を代表する左投手と言えば今中!90km台のスローカーブが特徴のエース!!

後々石井一久や菊池雄星投手のように150km後半まで投げれる左投手が出現してきますが、1990年代は140km後半投げれれば速球派と呼ばれていて星野伸之、山本昌のように130km台前半の軟投派というピッチャーも数多く存在してました。その中でも今中は異色と呼ばれる投手で、当時同じチームだった落合博満には天才は今中と前田だけと言わしめたくらい才能豊かなピッチャーでした。自分が見始めた頃は既に140km中盤のストレートと90km台のスローカーブ、110-120km台のフォークというスタイルは確立していました。細身の体から繰り出されるムチがしなるような角度のあるストレート、50km以上の緩急のあるスローカーブにバッターはお手上げ状態だったようで全盛期の1993年には17勝と247奪三振という素晴らしい数字で沢村賞まで獲得します。このシーズンは山本昌も17勝と最優秀防御率を獲得しており、印象度という点で今中には華があったのでそういう部分でも有利に動いのかもしれません。

しかし今中も高校時代はストレートだけでその後1989年頃にSFFに近いフォークをマスターし、シンカーなども習得したが

やはり転機は4月に骨折してリハビリ期間に習得した1992年のスローカーブでしょう。左手首を骨折したもののカーブだけは投げれたようで、カーブで遠投の練習をしている内にカーブのコントロールも良くなり、復帰後は8勝2敗防御率1.77と来季の飛躍に向けて手ごたえを感じた年でした。まさに怪我の功名でした。1993-1996年の4年間はまさに怒涛の4年間で中日のエースといえば今中でした。正直な話この時代の中日ドラゴンズは今中と山本昌以降の投手の層が薄く、年間の半分以上完投させられていましたし、毎年のように優勝戦線には顔を出していた為、無理がたたり、1996年頃から左肩に違和感がある状態で投げ続けてしまった代償で投手寿命を短くしてしまいました。1997年は左肩の故障でその後は故障との戦いが続き2001年に引退表明。現役13年31歳の若さでの引退でした。

その後サムソンリー、野口茂樹、岩瀬、チェン、そして小笠原など多数の有望な素晴らしい左腕投手が出てきましたが、やはりインパクト、印象度、華やかさでは今中に優る投手はいなかったのでは?それくらいまさにエースとして1990年-1996年の7年間は濃い時代だったと思います。背番号14という数字はその当時もそれ程エース番号という感じはなかったのですが今中=14番というイメージは未だに定着していますね。

今中の性格はポーカーフェイスでクール?星野監督や落合博満とのエピソードは?

今中といえば割かしポーカーフェイスだったイメージがあります。

当時は巨人の人気が全盛で斎藤、桑田、槙原の3本柱が君臨しており、斎藤は大エースでスマイルが売りでしたが今中はいたってクールでむしろ不機嫌な顔の印象の方が残っていますね!!(笑)

むしろ山本昌の方が愛想が良いという印象が強く、引退後の今中のインタビューやラジオ番組のコメントなどを聞いている限り、無愛想というイメージですね。そんな今中ですが指導者としてお声がかかった時代もありました。高木監督第2次政権の2012年と2013年の2年間でしたが、二軍投手コーチと一軍投手コーチを経験。やはり全盛期が1993年当時の監督さんが高木さんでしたからそういう縁もあったのでしょう。その後なかなか投手コーチとしてお呼ばれされませんが、今中氏のようなスタイルを持っている投手がなかなか誕生しないので是非今中2世をどこのチームでもいいので育てて欲しいなと思っているイチ野球ファンです。今中氏が在籍した頃の監督といえば星野監督と高木監督ですが、やはり投手出身の星野監督には若い頃よく可愛がられて試練が多かったそうです。落合博満氏とのエピソードはFAで巨人に行く時にロッカーで俺ならお前のカーブを狙うと言われた残像が残っていて伝説となった1994年の10.8決戦ではその言葉がよみがえってきてストレートを投げて打たれたそうです(笑)

Wエースと呼ばれた山本昌とは6歳年齢が離れていてそれ程親しくはなかったようですが、2012-2013年に11年ぶりに現場復帰した今中投手コーチ時代、山本昌がまだ同じチームで現役をやっていて年間で5勝をまだあげていたくらい力があったのは驚きでしたね。同じ時代を生き抜いたある意味同士のような存在だとは思いますが、高校出てすぐ一流投手になり太く短くの今中と最初の5年間は全く芽が出ずアメリカ留学を機に細く長く活躍した山本昌でだいぶ違う現役時代になりましたね。同じ左腕というだけで球速も変化球も持ち味も違っていたので見ている側からしたら面白い2人だなーと振り返ってみて思う訳です。

まとめ

そんな伝説の左投げ投手今中慎二さんも既に47歳ですが、現在はNHKや愛知のローカル番組の野球解説者として活動中。たまにバラエティー番組に出演したり会社を立ち上げてスポーツ事業に精を出しているそうで幅広く野球に携わっているんですね。今回与田が満を持して監督になったようにまだ47歳という年齢からも今後中日の監督として呼ばれる可能性もありますから今後の今中氏の活動にも注目して見ていきたいと思います。

 

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