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古田敦也が監督になれない理由は?復帰はある?成績が微妙?解説はどう?

 
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こんにちはー!12球団野球ブロガーのひらっちと申します。今回のテーマはヤクルトで活躍したレジェンドキャッチャー古田敦也さんについて書いていこうと思います。野村元監督の英才教育でプロ1年目からレギュラー捕手として活躍!プロ野球の歴史に残る捕手として90年代、00年代を彩りました。

そんなレジェンドにも関わらず引退して以降監督になった事はありません。一体何故なのか、球界の7不思議としても語られる事が多いですが、ミスタースワローズ古田さんの今までのキャリアなども振り返りながら監督復帰があり得るか見てみたいと思います。

ヤクルトでは1990-2007年の18年プレー、歴代捕手ランキング1位に

古田敦也氏と言えば1989年の大豊作だったドラフトの年にトヨタ自動車からドラフト2位で入団!

当時眼鏡をかけた捕手がいなかった事からプロ入りを懸念された経緯があったそうですが、肩、捕球は間違いないという触れ込みで入ってきました。

野村監督時代は8年間でリーグ優勝4回、日本一を3回達成!古田も才能を発揮!

打撃はまずは.250を打てという野村監督の指導の元、配球論を勉強し当時レギュラー捕手だった秦を外野コンバートに追いやるなど、捕手としての才能を発揮。1年目は106試合に出場.250 3本 26打点をマーク。盗塁阻止率.527ゴールデングラブ賞を受賞します。

その後は配球を学んだ事が打撃にも活き2年目1991年は.340で一気に打率が上がり首位打者を獲得、ベストナインも獲得する捕手として成長。

1992年はまさに古田の年でした。長打力も開花し、シーズン30本塁打をマーク。131試合に出場し.316 30本 86打点とクリーンナップとして広沢、ハウエルと遜色ない成績を残しリーグ優勝も達成!しかし日本シリーズには王者西武ライオンズに負けてしまい悔しい思いをします。

1993年はリベンジの年としてチームを引っ張り、優勝、そして宿敵西武を倒し日本一を達成!この年にマークした盗塁阻止率.644は未だに破られていない記録であり、.308 17本 75打点でシーズンMVPを獲得しまさに古田の時代でした。

1994年は怪我で不本意な成績で終わりましたが1995年は復活!前評判では巨人優勝と言われていたが、石井一、山部の覚醒、新外国人ブロス、トレード移籍の吉井が活躍!打撃もオマリーが引っ張り、終わってみれば古田も

.294 21本 76打点と活躍!この年は日本シリーズでは大打者イチローを抑え、日本一も見事に達成!

この年にはアナウンサー中井美穂さんと結婚もし公私共に順調な時期でした。

1996年はチーム、古田共に不振に終わるも、1997年は4番打者として9本塁打ながら.322をマークし、勝負強さを発揮!この年は新外国人ホージーの大活躍!田畑を軸にリーグ優勝を達成!この年も前評判は低かったものの1995年のように野村再生工場が機能するのではと思われていた時期です。この年は93年以来日本シリーズで西武と対戦、日本一を達成します。

1998年はチームは4位に低迷!そして名将野村監督がヤクルトの監督を辞任し、ひとつの時代が幕を閉じました。

若松監督時代は2001年は.324 15本66打点でリーグ優勝を達成!2003年には4打数連続ホームランを記録!

7年間で1度のリーグ制覇に留まったものの自身の成績は安定しており、2003、2004年は23本、24本と長打力もキープしていました。2005年は社会人出身選手としては初の通算2000本安打も達成!2005年頃までレギュラー捕手として活躍します。2004年は球界再編問題に揺れていた時期、球界選手会長として2リーグ12球団維持を求める為ストライキを決行しました。

選手兼任監督時代は代打オレが印象的!1年目は3位と健闘も…

そして2006,2007年は遂に選手兼監督としてキャリアをスタートさせます。

1年目は青木、リグス、岩村、ラミレス、ラロッカらを筆頭に強力打線を形成し成績は3位となかなかの健闘を見せましたが、2年目は60勝84敗と結果を出せず、引退&監督辞任を発表。ヤクルトというチームを変えたレジェンドの時代に幕を閉じます。

解説者転身後楽天オーナー三木谷氏と太いパイプを形成!指導者復帰はあるのか?

その後は野球解説者、タレント、スポーツキャスターなどを務めていますが、コーチ、監督ともオファーがなく今に至っています。

ヤクルトはその後高田監督、小川監督、真中監督などが指揮していますが、古田氏のコーチ復帰、監督復帰はあるのでしょうか?一説によるとヘッドコーチに就任した宮本慎也ヘッドコーチが小川監督の後の監督が既定路線らしくそれ以外の候補で高津二軍監督、楽天で打撃コーチを務めた池山氏などが挙がっています。

名将である野村監督からも宮本ヘッド推しが強く、古田は期待したものの前回の選手兼任監督の時、結果を残背中った事が尾を引いているようです。元々ヤクルト一筋で他のチームへのパイプも少なく、プライドも高い古田に他のチームが声をかけるというはなかなかないようです。それだけ位が上がってしまったのがアダとなっているようです。

ならば解説者として評価をあげていく道もあったとは思いますが、野村克也氏は古田の解説を一緒に応援しているような解説はダメと酷評。さらに性格が勝ち気で選手に人気がない、ついてこないと野村監督に暴露されてしまっている点もマイナス点となっているようです。ヤクルトのフロントにも嫌われている噂もあり、個性が強い古田を毛嫌いしている人も多そうです。

しかし筆者的には古田がバッテリーコーチとして各球団を渡り鳥のように育成してくれたらもっと捕手のレベルもアップするのになーと、古田氏が指導者になれずにくすぶっている現状を少し残念に思っています。

しかし楽天のオーナーの三木谷氏とは親交もあるらしく、今年はヤクルトOBで仲の良い後輩石井一久氏も楽天のGMに就任した事から、ひょっとしたら平石監督の後は古田氏が就任するのではとひそかに期待しています。

一番可能性がありそうなのは楽天監督じゃないでしょうか?

年齢的にも53歳とまだまだ若く、そろそろこのタイミングで監督になるのはありではないでしょうか?

前回は12年前ですし、外から野球を見る機会も十分あったでしょうし、その現役時代に培った野球理論を世にもっと広めてほしいなと願っています。

まとめ

12球団どこも強打のキャッチャーというのも減ってきています。今や西武の、広島の會澤くらいでしょうか?

かつての古田のように打撃、守備、リード、肩ともに超一流の選手を育てるのは古田しかいないと思っているのでチャンスがあれば楽天でもオリックスでもはたまたヤクルトでもいいですから人脈、パイプをもっと作って

野球界に戻ってきてほしいと切実に願っている今日です。

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